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大阪地方裁判所 昭和52年(行ウ)77号 判決

原告

出口興産株式会社

代表者

出口秋男

訴訟代理人

山田庸男

山田磯子

被告

八尾市水道事業管理者

西川実

訴訟代理人

粟津光世

主文

被告が昭和五二年五月二五日原告に対してした、八尾市給水工事公認業者の公認申請の却下決定を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた判決

一  原告会社

主文同旨

二  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  原告会社の請求原因

(一)  原告会社は、昭和五二年二月、被告に対し、八尾市水道事業給水条例(以下給水条例という)、及び八尾市給水工事公認業者に関する規程(以下公認業者規程という)に基づき、給水工事公認業者の公認の申請をした。

しかし、被告は、同年五月二五日、原告会社に対しこの申請を却下する決定(以下本件処分という)をした。

(二)  本件処分は、既存の公認業者の利益を保護する目的でされたもので、市民に対するサービスという行政の本義に反するものであるから、違法である。

(三)  結論

原告会社は被告のした本件処分の取消しを求める。

二  被告の認否

請求原因中(一)の事実は認め、(二)は争う。

三  被告の主張

(一)  原告会社は、公認業者規程二条一号の「給水装置の施行を主たる業とすること」との要件を充していない。

右規定は、給水装置工事の施行を主たる業とする目的意思を明確に有していることをいうのであるが、次の各事情を考慮すると、原告会社には給水装置工事を主たる業とする意思がないと判断された。

(1) 原告会社の目的には、給水装置工事に関する事項がない。その目的の一として、水道排水諸工事はあるがこれは水洗便所工事、洗面所や台所の排水工事を指すもので、給水装置の工事を指すものとは解されない。

(2) 現に、原告会社は、それまでに給水装置工事の施行を殆んど行つていなかつた。

(3) 原告会社代表者訴外出口秋男は、八尾市水道局の職員(以下吏員という)に対して「公認をとつても出口は水道をやらん、下水をやる」と終始述べていた。

(4) 出口秋男は、訴外八尾市水道事業協同組合の役員に対して、「上水はやらん、その代り組合員は下水をやるな」と述べた。

(5) 出口秋男と吏員との面接の結果、原告会社は公認を得ても、給水装置工事をする意思はなく、もつぱら下水道工事に従事する意思であることが明らかになつた。

(二)  原告会社は、公認業者規程二条八号の「その他管理者が必要と認める条件を備えていること」との要件を充していない。

被告は、原告会社の次の言動を考慮して原告会社が今後の水道事業の円滑な運営を阻害することが十分に予測され、原告会社が公認業者としての適性を欠くものであると判断した。

(1) 前記(一)(4)の事情

(2) 出口秋男は、昭和五二年四月一九日、吏員に対し、「出口が公認をとつたら、ほかの公認業者をけんかしてでもつぶしてやるねん。けんか両成敗として、うちも業者も公認を取り消されてもかまへん」と述べた。

(3) 出口秋男は、既存の公認業者に対し「出口が公認をとつたら、おとし(排水工事)には手を出すな」と述べた。

出口秋男の右(1)ないし(3)の言動は、原告会社が将来、公認業者の自由な競争を阻害し、他公認業者の業務に干渉し、ひいては水道事業の円滑な運営を妨げるであろうことを十分に予測させるものである。

(4) 吏員は、原告会社が公認申請書に所有機器として記載した工具の実際の備付状況を確認するため、昭和五二年五月一三日、予め日時を予告のうえ、原告会社八尾営業所を訪れたが、工具は同営業所に殆ど備え付けられておらず、吏員の調査を不能にさせた。なお、他の公認申請者は全て現場調査で所定の器材を備えていた。

このことは、原告会社の公認業者としての適性を疑わせ、将来の被告の指示、監督の困難を予想させるものであつた。

(5) 出口秋男は、その際吏員に対し、機器と技能者は東大阪市の工事とかけもちで使用すると述べた。

これでは八尾市民の需要に迅速、確実に応じられないことは明らかである。

(三)  給水工事公認業者の公認の申請に対し、公認するかどうかは、被告の自由裁量処分である。

水道事業は、飲用水の供給、その施設、装置の管理運営が国民の公衆衛生や生活環境などの公益に重大な影響を及ぼすところから、その事業を経営しようとする者は厚生大臣の認可を受けなければならず、また右事業は地方公共団体の責務とされている。

事業者は事業の全般をみずから処理することは実際上できないため、特定の業者をしてその一部を代行させることにより、みずから施行したのと同様の効果を確保しようとしたのである。

八尾市の給水工事公認業者とは、被告の許可を得て業として「給水装置工事」(配水管から分岐する給水管およびこれに直結する給水用具の新設、増設、改造撤去の工事)の施行を代行するものである。

したがつて、前記の趣旨から、被告が右許可を与えるかどうかは、八尾市の水道事業事務の円滑完全な遂行に必要適切であるかどうかという観点から決定すべきもので、その意味で被告の自由裁量に委ねられている(清掃法一五条一項による許可、不許可についての最高裁昭和四七年一〇月一二日判決、民集二六巻八号一四一〇頁参照)。

前記主張の事情の下で原告会社の申請を却下した本件処分は、裁量の範囲を逸脱したものではない。

四  原告会社の主張

(一)  被告の主張(一)は争う。

(1) 原告会社の登記された目的の一つである「水道排水工事」とは、給水工事をも含むと解釈できる。

(2) 原告会社は、八尾市では公認がないため上水道の工事は行つていないが、東大阪市では水道工事の公認を受けて年間二、三〇件の工事をしており、充分の施工能力を有する。

(3) 出口秋男が「公認をとつても水道はやらん」と述べたことは認める。しかし、これは可及的に同業者との競争、摩擦を避け、協調を図りたいとの一心から述べたもので、上水道工事の施行意思がないことまでも述べたものではない。

(4) 被告の主張(一)(4)は否認する。

(5) 被告の主張(一)(5)は否認する。

原告会社は業績の飛躍的発展を期して八尾市の上水道分野への進出を目差して公認申請をしたもので、給水工事施行の意思を明らかに有しているし、その能力もある。

(二)  被告の主張(二)は争う。

(1) 被告の主張(二)(1)は否認する。

(2) 被告の主張(二)(2)は否認する。

(3) 被告の主張(二)(3)は否認する。

(4) 吏員が原告会社八尾営業所に現地調査のため訪れた際、原告会社が公認申請書に所有機器として記載した工具のうち、同営業所に不足していたものがあつたことは認める。

しかし、吏員は、公認が下りてから揃えてくれれば良いと明言していたし、出口秋男も東大阪市には具備していることを伝えておいた。

第三  証拠〈省略〉

理由

一当事者間に争いがない事実(本件処分の経緯)

原告会社が給水条例、公認業者規程に基づき被告に対し給水工事公認業者の公認申請をしたところ、被告が昭和五二年五月二五日、これを却下する本件処分をしたことは、当事者間に争いがない。

二八尾市の給水工事公認業者に関する条例、規程について

〈証拠〉によると、八尾市の給水工事公認業者の公認に関する給水条例と公認業者規程は、別紙第一ないし第三のとおりであることが認められ、この認定に反する証拠はない。

三本件処分の適法性について

(一)  事実の認定

〈証拠〉によると、次の事実を認めることができ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(1)  原告会社は、昭和四五年六月に設立された株式会社であるが、その定款の定める目的は、(ア)し尿浄化槽の清掃及び管理、(イ)し尿汲取並びに塵埃収集運搬、(ウ)ビルの清掃及び管理、(エ)下水道の清掃及び工事、(オ)浄化槽装置、衛生設備、水道排水諸工事及び其の他の土木工事、(カ)前各号に附帯する一切の業務である。

(2)  原告会社は、本件処分前には、東大阪市、箕面市、豊中市、吹田市高槻市、寝屋川市、大阪市、八尾市などで、許可をうけて、し尿浄化槽の清掃、下水道工事、排水工事などを行い、東大阪市では上水道の給水装置工事業者としての公認をうけてその工事を行つていた。

なお、原告会社の業務の中では、下水道、し尿浄化槽関係の仕事が多く、上水道関係の工事は年間二、三〇件以下にすぎなかつた。

(3)  原告会社は、上水道の給水装置の工事をするに充分な知識と技術を有する技能者その他の従業員と、必要な器材を所有していた。

(4)  原告会社は、八尾市でも上水道の給水装置の工事を行つて事業を拡大したいと考え、昭和五二年二月中に本件申請をし、八尾市での同工事のために八尾市明美町一丁目八番一六号に営業所を借り受けた。同営業所には、二名の事務員を常置させる予定であつたが、技術者、技能者と器材とは、さし当りは、八尾市に専任、専用のものを置くのではなく、東大阪市での仕事にも共用する予定であり、吏員にもその旨を伝えた。しかし、八尾市における上水道の給水装置工事などの仕事が増えたときは、その段階で必要な人員と器材とを更に八尾市営業所に配置しようと考えていた。

(5)  原告会社の出口秋男は、昭和五二年四月二〇日、八尾市水道局総務課長補佐訴外泉谷幹夫から、本件申請には保証人が必要でありその一人は給水工事公認業者でなければならないから、そのような公認業者を知らないなら、八尾市水道事業協同組合に行つて相談してはどうかと指導された。

出口秋男は、同組合の中野組合長に保証人となつてくれるよう依頼した。中野組合長は、原告会社が右組合に加入して金五六七万円を組合に納入するのでなければ、保証人になることはできないと答えた。しかし、出口秋男は金五六七万円もの大金を支払うことは納得できなかつたので、同組合長に保証人になつて貰うことをあきらめた。

原告会社は、同年五月、被告より保証人が公認業者でなくても止むをえないとの了承をとりつけたうえ、八尾市民二名に保証人になつて貰い、本件申請を補正した。

(6)  吏員は、同年四月、事前連絡のうえ、原告会社八尾営業所を訪れたが、その際には原告会社所有で公認申請書に所有機器として記載されていた機器のうち同営業所に置かれていないものがあつた。それらは、原告会社が当日東大阪市で使用中であつたため、八尾営業所に持つて来ることができなかつたからであつた。なお、被告は、公認前の時点でも必要機器の全てが八尾市内に揃えられていなければならないという取扱いをしていなかつたし、吏員も、出口秋男に対し公認が下りてから工具を揃えれば良いと述べた。

(7)  出口秋男は、既存の給水工事公認業者の顧客を奪つて紛争を生じさせることは避けたいと考えていたので、吏員に対しても、「公認をとつても水道はやらん、下水をやる」と述べたことがあつた。しかし、出口秋男の意思は大々的に給水工事の注文の勧誘をしないというだけであつて、八尾市民より給水工事の注文を受けた場合それを拒否する意思はなかつたし、給水工事が増えることは原告会社に利益をもたらすものであるから歓迎すべきことと考えていた。

(8)  原告会社は、八尾市で下水工事も行いたいと考えていた。そして、上水道の給水工事公認業者の公認を受けることは、下水工事を行うについても有利なことであると考えていた。しかし、そのために給水工事をおろそかにする可能性はなかつた。

(9)  被告が本件処分をした理由は次の二点にあつた。

(ア) 原告会社の本件申請の主たる目的が、本来の上水道の給水装置工事の施行にあるのではなく、下水道の排水工事にあること。

(イ) 原告会社の言動が、今後の水道事業の円滑な運営を阻害することが十分予測されたこと。

被告は、(ア)の理由について被告の主張(一)の事実を、(イ)の理由について被告の主張(二)(1)ないし(3)の事実を判断の基礎とした。

(10)  被告の主張(一)(4)、(二)(2)(3)の主張は、本件全証拠によつても認めることができない。〈証拠判断略〉

(二)  公認業者規程二条一号の要件について

前記認定のとおり、原告会社は給水装置工事を八尾市内でする意思を有し、そのための技能者その他の従事者及び器材を持つていたのであるから、公認業者規程二条一号の「給水装置工事の施行を主たる業とすること」との要件を充している。

なお、同号は「主たる業」とすることと規定しているが、ここで「主たる」とはその業者が行つている業務のうち給水装置工事の施行が最も多いとか、過半数を超えるとかを意味するものではなく(そうだとすれば、各種の管工事を業とする大きな、能力の高い業者は認可されないことが起こりうる)、給水装置工事を行う意思、能力を有することを意味するに過ぎないと解すべきである。

また、原告会社は下水管、排水管の工事を行う意思、能力と実績を有していたことは、前記(一)に認定した事実によつて明らかであるから、原告会社は、昭和五二年八尾市水道局管理規程第四号(以下改正規程という)による改正前の公認業者規程二条一号の給水装置工事「その他管工事」の施行を主たる業とすることの要件をも充していることは明らかである。もつとも改正規程は右のうち「その他管工事」の部分を削除し、その附則によつて、この改正規程を昭和五二年五月一日から遡つて適用することにした。しかし、この改正規程は同月三〇日に公布されたもので、本件処分当時は未だ公布されていなかつたから、この改正規程に従つて本件処分をすることはできなかつたものである。

以上のとおり、原告会社は公認業者規程二条一号の要件を充している。したがつて、被告のこの点に関する主張は採用できない。

(三)  公認業者規程二条八号(改正前は七号)の要件及び裁量権の範囲の逸脱について

(1)  被告の給水条例、公認業者規程に基づく給水装置工事公認業者の公認の可否の決定は、その裁量処分に属すると解するのが相当である。そして公認業者規程二条八号(改正前の七号)は、裁量権の行使により決定されることを規程の上で明らかにしたものと解することができる。

しかし、このような被告のする公認の可否は、例えば外国人の在留の可否のように国の基本的な政策にかかわる問題ではないこと、給水工事公認業者が工事を施行する給水装置とは需要者に水を供給するために配水管から分岐して設けられた給水管及びこれに直結する給水用具をいい、これらはその需要者の負担により設置される(水道法三条九号、給水条例三条、一二条、一五条)ものであつて、主としてその需要家のみの利害に関係するものであること、給水装置工事公認業者の施行する工事については、設計には市の審査と合格、使用材料には検査、しゆん工後には検査が必要とされ(給水条例一二ないし一四条)、工事内容の監督もされること、以上のことなどを考慮すると、被告の裁量の範囲は、外国人の在留許可とか水道事業の認可と比較し狭いことは明らかである。

(2)  そこで、本件処分に裁量権の範囲を逸脱し又はその濫用をした違法があるかどうかについて判断する。

(ア) 被告の主張(一)(4)、(二)(2)(3)の各事実は、将来原告会社が、公認業者間の自由な競争を阻害し、他の公認業者の業務に干渉し、ひいては水道事業の円滑な運営を妨げるであろうことを十分に予測させる事実として、本件処分の判断の基礎とされたのである。ところが、右各事実が認められないことは前記認定のとおりであるから、本件処分は、その判断の基礎とされた重要な事実の一部に誤認があることに帰着する。したがつて、本件処分は、その判断の基礎のうちの重要な一部を欠くといわなければならない。

(イ) 原告会社は、上水工事も八尾市で行いたいと考え、本件の公認を受けることが下水工事のためにも有利であると考えていたことは、前記認定のとおりである。しかし、原告会社は給水工事をする意思も能力もあつたこと、給水工事をおろそかにする可能性のなかつたこと、以上のことも前記認定のとおりであるから、原告会社が前記のように考えていたことを、被告が公認しない重要な理由とすることは明らかに不合理であるといわなければならない。

(ウ) 吏員が事前連絡のうえ原告会社八尾営業所を訪れた際、所有機器のうちにはそこに置かれていないものがあつたことは、前記のとおりである。しかし、それらは東大阪市で使用中であり、被告も公認前に申請書記載の全ての機器が八尾市内に揃えられていなければならないとは取り扱つていなかつたことを考慮すると、公認が与えられるか否か未だ不明確な段階であるのに、申請書記載の機器の全てが八尾営業所に置かれていなかつたことを目して、被告が主張するように、原告会社の公認業者としての適格を疑わしめ、将来の被告の指示、監督の困難を予想させると評価することは、明らかに行きすぎであり、その評価は合理性を欠くものである。

(エ) 原告会社は、技能者らと機器とはさし当り東大阪市での仕事にも共用する予定であつたことは、前記認定のとおりである。しかし、原告会社は、八尾市民からの給水装置工事の施行の注文を拒否する意思がなかつたことや、八尾市における仕事が増えたときには、その段階で必要な人員と器材を更に八尾営業所に配置しようと考えていたことを考慮すると、原告会社が人員と器材をさし当り共用することにしたことを、原告会社の不利に評価することではない。

(オ) 被告は、本件処分をするための裁量権の行使に当り、他の申請者との比較、既存業者の数その他前記(一)(9)の認定事実以外の事実を基礎にして判断したことが認められる証拠はない。

(3)  まとめ

このようにみてくると、本件処分は、その判断の基礎にされた重要な事実の一部に誤認があることにより、右判断が一部事実の基礎を欠くし、その余の判断の基礎事実については、その基礎事実に対する評価に合理性を欠き、結局右判断が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くものというべきである。したがつて、本件処分は裁量権の範囲を超えたものとして違法であるとしなければならない。

四結論

以上の次第で、本件処分は違法であるから取り消すこととし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法八九条に従い、主文のとおり判決する。

(古崎慶長 井関正裕 小佐田潔)

別紙第一〜第三〈省略〉

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